スポンサーサイト

--/--/-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

暗黒中学生時代

2009/11/21 10:45
中学に上がると中間、期末とテストがあって、そこそこの成績を残さにゃならんようになるのはわかっておったのですが。


入ってすぐの中間では気張って平均70点(数学60点代、他70~80)をほんとに必死で取ったんだけど……それがやっぱり限界で(早ッ!笑)、ずるずる落ちていきました。



少しでも良い点を取らなければと、自分に対してまるで脅迫観念のようになるにつれ、反比例するようにどんどん悪くなっていく点数。



実は私は、二回カンニングをして二回とも、同じ先生に捕まっています。



普段真面目だと思われていた私がカンニング。


先生方に代わる代わる面接をされ……自分がいかに真面目であるというイメージを持たれていたか、信頼されていたか、そしてそれを裏切ってしまったのだということを諭されました。



周囲から私を守る為に、両親は転校まで(しませんでしたが)考えてくれました。




母には……名誉職である父の顔に泥を塗ったと死ぬほど殴られ、泣かれました。



妹たち(特に一番下の子)は、カンニングをしたらしい姉のせいで、いじめを受けていました。




テストの点数が全ての、暗黒時代でした。



何をしてもどう頑張っても、全く上がらないどころか下がり続ける成績。

良かったのは体育、家庭科、技術、音楽、美術などのいわゆる副教科だけでした。



絵とか物作りだけはしかし、成績が良かった同級生達と同等か、それ以上に出来ました。



単純に好きなだけだったのですが……芸術に点数をつけること自体が、無意味なことではあるわけなんですが、私にはもう、芸術でしか高校に上がる手だてはありませんでした。






両親と妹たちは、今では私を許してくれ、敬いすらしてくれるのですが。

私は自分のしてしまった卑怯な行為を、忘れたことはありません。




ごめんなさい。
弱かった私を守ってくれてありがとう。




高校はだから、芸術系だけを受けることにしました。


1県立のデザイン科、2市立のインテリアコースそして後の我が母校、3私立S川の美術科です。





三校受験する予定でしたが、その年の1月17日、阪神淡路大震災が起きます。
スポンサーサイト



Comment Post

Name:
Subject:
Mail:
URL:

Pass:
Secret:管理者にだけ表示を許可する




Trackback

Trackback URL:



 Home 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。